東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)69号 判決
(争いのない事実)
一 本願発明に関する特許庁における手続、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがない。
(審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決が、本願発明を旧特許法第一条に規定する特許要件を具備しないものとした理由として、蓄電池極板用合金の製造に使用すべき金属ベースの点について、「鉛地金の中には本願合金組成の成分である銅が〇・〇五パーセント以下不純分として含有されている場合があり、このような鉛地金を用いて引用例のような合金を製造するときは、当然、本願の合金と同一のものが製造される」ものと認められることを挙げていることは、当事者間に争いのないところである。しかしながら本願発明におけるような蓄電池極板用硬鉛合金の製造について、その金属ベースとして、〇・〇五パーセントもの銅を不純分として含有する鉛地金を使用することがないことは、本願発明出願(昭和三〇年九月三〇日)当時を含めて、当業者の技術常識とされていることも、また、被告の認めて争わないところである。これらの事実によれば、本件審決は、本願発明のような蓄電池極板用硬鉛合金の製造において使用する金属ベースに関する前記当業者の技術常識を看過あるいは無視し、単に鉛地金の中には銅が〇・〇五パーセント以下不純分として含有するもののあるとの事実(一般にこのような組成の鉛地金のあることは、原告も認めるところである。)のみに基いて、たやすく前に掲げたような結論を導き出したものであり、取消を免かれないものといわざるをえない。
(むすび)
三 以上説示のとおり、その主張のような違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができるから、これを認容することとする。
〔編註〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。
請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。(中略)
審決を取り消すべき事由
本願発明の要旨、審決引用の刊行物にその指摘のとおりの記載のあること、本願発明と右引用例の一致点及び相違点が審決認定のとおりであること並びに一般の鉛地金中には、銅が〇・〇五パーセント以下不純分として含有されている場合のあることは、いずれも審決の指摘するとおりであるが、本件審決には、次の点において、事実を誤認した違法がある。すなわち、
(一) 本件審決は、前項摘記のとおり、「鉛地金中には、……銅が〇・〇五パーセント以下不純分として含有されている場合があり、このような鉛地金を用いるときは、本願の合金と同一のものが製造される」としているが、本願発明におけるような蓄電池極板用硬鉛合金の製造について、〇・〇五パーセントもの銅を不純分として含む鉛地金を使用することのないことは、本願出願当時を含めて、当業者一般の技術常識であるから、前掲審決理由は、誤つている。
(二) 仮に蓄電池極板用硬鉛合金の製造について、〇・〇五パーセントもの銅を不純分として含有する鉛地金を使用するとしても、この場合得られるものは、審決が認定するように本願発明の合金と同一のものではありえない。けだし、蓄電池極板用鉛地金に銅が〇・〇五パーセントも不純分として含まれている場合には、他の不純物、たとえば、アンチモニー、ヒ素、鉄、蒼鉛、錫、亜鉛等が必ず相当量含まれており、これらの不純物は、どの一つをとつてみても、電池の効率を弱め、その寿命を短くするものであり、このような鉛地金を使用した場合には、これらの不純物を含まない「本願合金と同一のものが製造される」ことはないからである。さらにいえば、鉛製造業者は、できるだけ純粋な鉛を造ることを主目的としているので、鉛鉱→粗鉛→精製鉛と進む過程において、他の不純物は、すべて分離され、特定の不純物、たとえば銅だけを残すというような精錬法をとらないから、逆に、銅が不純物として残るときは、他の不純物も同様に残るものなのである。たとえば粗鉛においては、銅が一・〇パーセント含有されていると、ヒ素も〇・四パーセント、アンチモニー〇・五パーセント、銀四五オンス/トン、金〇・〇四オンス/トンというように残存しており、これが精製鉛になると、各不純物の含有量は、極めて少くはなるが、この場合でも、各不純物は、一様に、一定割合残るのである。本件審決は、この明白な事実を誤認したものである。
被告の答弁
被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。すなわち、請求原因事実中、原告主張の一から三の事実は、いずれも認めるが、同四の事実は争う。
鉛地金は、その種類により差異はあるが、JIS―H―2105にも明らかなように、銅が不純物として〇・〇五パーセントまで含有するものが許容されているところ、本願発明においては、その明細書中に不純物について何らの考慮がされていないのであるから、当然、銅含有量の高い鉛地金を用いて蓄電池極板用硬鉛を製造することもありうべく、この場合には、本願発明の合金程度の銅を含有するものが容易に製造しうるものと認められるから、本件審決は正当であり、原告主張のような違法の点はない。もつとも、本願発明の出願当時を含めて、蓄電池極板用硬鉛合金の製造について、〇・〇五パーセントもの銅を不純分として含有する鉛地金を金属ベースとして使用することをしないのが、当業者の技術常識であること及び〇・〇五パーセントもの銅を不純分として含む鉛地金は、原告主張のように、必然的に、蓄電池極板としては有害な、いく種かの他の不純物を相当量含むものであることは争わない。